2009年07月20日

父親を40年間も憎んでいました

統一教会員のブログを見つけては読んでいるのですが、鏡の法則を紹介していたのを見て思い出しました。

「統一運動」
http://uc-ideal-family.seesaa.net/article/122714683.html

この教会員も「涙が流れてたまりませんでした。人の幸せの秘密がここに隠されていたのかと驚きをもって、気ずかされました。」と書かれていて、この「鏡の法則」は奥深い内容があると感じます。


私もちょっとだけ似た経験をしたことがあります。私の人生を変える大事件でした。

私は小さい頃から父親を恨んでいたことがあります。そのことを信仰を持っていない人に話したことがあります。その人は「父親の事なんて忘れて、父親を無視して生活したら楽になる」というアドバイスをくれました。

しかし、統一教会では親との情関係が悪いというのは致命的とも言える問題なのです。

統一教会では、神様が親(父であり母である)であると教えられていますから、父親からの愛情を感じられなければ、神様の父親的な愛情が分からないというのです。経験が無いと観念的で、実感の伴わないものになってしまいます。神様の心情が分からず、神様は遠い存在に感じてしまうことになります。
また、自分が父に愛された実感がないと、子供にも父親らしい愛情を注げず、いびつな愛情になりやすいというのです。

それで、ある晩、父に率直に気持ちを話しました。その前後の話しをします。


【学校で虐めを受けて、父を恨んでいた自分】

私は小学校1年生の初めの頃、転校して友達もおらず気が弱かったこともあり、隣の席の女の子から嫌がらせ受けていました。先生に話しても「男だからしっかりしなさい」と言われて聞いてもらえませんでした。
親に何度か話したけど忙しくて相手をしてもらえず、叔父からは「お前が弱いからだ。虐め返したらいい」と言われたので素直に実行したら、こんどは「男のくせに女の子をいじめるなんて最低だ」と、クラス中を敵に回す結果になりました。

1年生の初めから虐めが始まり、結局5年生になるまでトイレや委員会の個室などで虐めを受けてきました。恐怖で震えて学校に行けない日もかなりありました。

小学校4年間、ずっと助けを求めてきたのに、私の両親は仕事が忙しくて相手をしてくれず、助けてもらえませんでした。結局、私を虐め続けた数名が、5年生のクラス替えで皆違うクラスになるまで虐められました。
それ以来、私は両親を、特に父親を憎んで生きてきました。

統一教会に入り、心の整理をしていくうちに、父親との関係修復が絶対に必要だと分かりました。でも、どうして良いか分からず、10年くらい何も出来ずにおりました。教会に来てからも、信仰の障害となってしまっている自分の運命を恨んでもいました。


【父に率直に話しました】

ある晩、父と話しをしているときに、何となく小さい頃の話しになって、その時に思い切って率直に話しました。
虐めを受けていたこと、助けてくれなかったことが悲しかったことを率直に話しました。

そしたら、意外な反応でした。


【父の意外な反応】

父は涙を流していました。そして「申し訳ない」と言いました。
いじめを心配していたけれど私の助けに気がつかなかったそうです。

聞いてみると、父は私以上に辛い幼少期を通過していました。

産後の肥立ちが悪く母親とは会うことが出来ず、父親も幼い頃に無くなったため、親戚のうちに引き取られました。しかし迷惑がられていて、子供としては扱ってもらえず、家族とは別に職人と同じ机で食事をしていたそうです。
学校でもいじめられ、家に帰っても甘えられる親はいないし、その家の子供にも虐められていたそうです。

私は、学校では虐められていましたが、家に帰れば親がいて、妹とも遊んでいたので、家は安心できる場所でした。でも、父は、学校に行くことも家に帰ることも苦痛だったそうです。


【私が幼い頃の父の姿を思い返しました】

思い返して見れは、父は写真、植木、登山、電気工作など多趣味なのですが、自分のものは何一つ買わず、貧しい中で私のために玩具とかを買ってくれていました。高い玩具は買ってもらえませんでしたが、我が家は貧しかったので、それが精一杯でした。

私の両親は、私が朝起きたときには仕事を始めていて、私が夜寝るときも仕事をしていました。学校の無い日曜も同じでした。それでもぎりぎりの生活でした。だから、休みの日に親に遊んでもらった記憶が殆どありません。

それほど貧しい生活の中、自分の好きなことは一切を我慢して、私や妹のために生活を切り詰めながら欲しいものを買ってくれた父だったことを、その時に気付かされました。

私は、父が両親から愛情を受けていないのに、精一杯の愛情を私や家族に注いでくれていたのに、私はそのことに40年近くも気がつきませんでした。

自分がなんと自己中心の思いで父を見ていたかを考えると情けなくなり、父に対して申し訳なく思い、私も父にそのことを謝罪しました。

その話は朝までかかりましたが、その日以来、私の父に対する憎しみは、感謝の気持ちに変わってしまいました。

妻に話したところ、親から愛されていない父だから、普通なら子供を愛せないはず。きっと、産んだ両親、特にお母さんがとても良い人で、産んだ動機もすごく良かったに違いないと言っていました。私も、他に理由がないなあと思いました。


【もう一つ気付いたこと】

そのことを通じて、もう一つ思ったことがあります。
神様も、私の父と同じような気持ちじゃないかと。

サタンの攻撃を受けながら、必死で復帰の摂理を進めてこられた神様。最愛の息子であるイエス様をメシヤとして送られながらも、誰もが不信して十字架で惨殺されても忍耐した神様。
罪の血統として不幸な立場で生まれてしまった私たちを、少しでも幸せにするためにどれほど苦労されていることか。

しかし、私たちはその神様の愛情を理解出来ず、時には自分の運命に不満を言い、神様に感謝できない事もありました。愛しても理解されず、それでも愛情を注ぎ続けられる神様を思いました。

私が父に対して親不孝してきたのと同じように、神様に対しても親不孝をしてきたと悟りました。

神様は見えないため、父との関係修復より難しいと感じていますが、父との関係が良くなったことで、私自身、神様に対して、より感謝できるようになりました。

神様との情関係を取り戻すためには、親との情関係は非常に重要だと実感します。

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posted by 理科系おじさん at 20:43 | Comment(3) | TrackBack(0) | 神様ってどんな方だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

エホバの証人

我が家には10年以上前からエホバの証人のかたが来て下さっています。引っ越したり時々担当が変わったりで、現在は4番目の方です。

よく思うのですが、エホバの証人(ものみの塔)の方って純粋な信仰を持っている方が多いと感じています。そういう雰囲気を感じます。とても清さを感じます。

考えてみれば、あの難解な聖書を「文字通り」に信じている訳ですから、純粋な方でないと受け入れるのが難しいのかもしれません。
統一原理では聖書の内容をかなり現実的に解釈していて、現在の自然科学と矛盾しないので、彼らほどの純粋さは必要無いのかもしれません。


大部分は統一原理と同じだと感じました。神様が宇宙を作ったことや、神様は喜怒哀楽の感情をお持ちであること、今なお救いの摂理を続けておられる神であること、今の時代が週末であることなど、ほとんど同じだと感じます。

あえて違う部分をあげてみれば、


救いが完成した世界の違い
  エホバの証人
    肉体を持ったまま永遠に生きる。
    子どもが生まれない体になる(人口が増えない)。
  統一原理
    100年程度の寿命の後、霊界で永遠に生きる。
    子どもは生み続ける(霊界に行くため地球の人口はあまり増えない)。

家庭について
  エホバの証人
    子どもを産めなくなるため、親になることは重要ではない。
  統一教会
    夫婦になり親になってこそ本当の喜びを感じることが出来る

救いの範囲についての違い
  エホバの証人
    14万4千に相当する人だけが救われる(永遠に生きる)。
  統一教会
    悪人も含め全ての人が救われるまで神様は諦めない。

神さまの姿
  エホバの証人
    愛の神であり絶対的な存在。
  統一教会
    人類の親であるため、不幸な人のそばで一緒に泣いている。


私は統一教会に長くいるからかも知れませんが、神様は「全人類を最後の一人まで幸せにする執念を持った方」であってほしいです。我が子の中に不幸な子が一人でもいたら親は幸せになれないのですから、神様も同じだと思うし、そういう神であって欲しいです。

それに、子どもを産み育てるというのは大きな喜びです。それが出来ない社会になるというのは、とても寂しい感じがします。


これは我が家に来て下さっている方に私が確認した内容であり、もしかしたらエホバの証人の本質とは違っているかもしれません。

指摘があれば訂正致します

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posted by 理科系おじさん at 22:09 | Comment(8) | TrackBack(0) | 神様ってどんな方だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

神様も昔は自己中心だった

文先生のみ言によれば、昔、神様は自己中心だったそうです。

20090630-1.jpg

人間に対する神の希望という1973年のみ言で次のように語られています。

「我々人間のすべての特質は、神から来ているのであります。我々は、人間には利己的な傾向があるということを知っています。これはある一時期、神御自身が自己中心的であられたので自然なことなのです。この事実はあなたを驚かすかもしれませんが、しかし、神は人間と宇宙とを創造される前は、たった一人で、御自身以外の何ものをも意識することなく存在しておられたということを理解しなければなりません。しかしながら、神が創造に着手されたその瞬間に、神の中の生命という概念が完全にかたちとして現れてきたのです。神は、今や、御自身のためではなく、その対象物のために生きるようになったのです。 」

これを初めて聞いたときには驚きました。まさか神様が自己中心だったなんて信じられない。
でも、だんだん分かるようになってきました。

特に女性(母親)は強く実感出来るようです。出産を通じて体験します。

結婚して「子どもが欲しい」と思っているときはだいたい自己中心です。自分が欲しがっているわけです。夫婦の愛の結晶だとか、母親になりたい願望とか、後継ぎとか。

でも妊娠して胎児が大きくなるにつれて、酒やタバコをやめ、大好きな甘い物を控えたり、疲れるのに頑張って歩いたり、中には、風邪で熱を出して苦しくても薬を飲まずに忍耐したり…。

「子どもが欲しい」という思いがいつの間にか「生まれてくる子のために」とか、「五体満足で生まれて幸せになって欲しい」という気持ちに変わっていきます。
 難産や病気などで、母胎か胎児のどちらかしか助からないと宣告されたときに、自分は死んでも良いから子どもを生かして欲しいと願う母親も多いと聞いています。

神様も、天地を創造する以前は「愛する対象が欲しい」だったが、創造を始めたら、自分の事よりも生まれてくるアダムとエバの幸せだけを願って創造された、自分の幸せ以上にアダムとエバの幸せを願ったという話しは納得できます。

子どもを産み育てることで、神様が天地創造されたときの心情を体験できるというのは素晴らしい恩恵です。自分の生命以上に我が子の幸せを願う心情は、子どもを持たなければ分からないことだと思います。

私たちも、神様からそのように創造されたと考えると感謝だし、嬉しくなります。

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posted by 理科系おじさん at 23:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神様ってどんな方だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

神様は見えなくて良かった

文鮮明先生の「天聖経」の中に神様は見えなくて良かったというはなしがあります。

「天宙の大主宰なる神様が人間の目に見えるようになれば、神様をお互いが奪い合おうとして、けんかをするでしょうか、しないでしょうか。このけんかを防ぐ道がないのです。神様が見えなくて良かったのです。
 もし神様が見えたとすれば、アメリカとソ連がお互いに、自分の神様だと争うでしょうか、争わないでしょうか。争うのです。その争いを誰が止められますか。神様は全知で、こんな争いが起こるかもしれないので、無形でいらっしゃるのです。神様が見えることを願うのは、ばかげた行為なのです。見えなくて良かったのです。」
(「真の神様」より)
20090627-1.jpg
神様は全知全能だから、自分自身を見えるようにすることだって可能なのでしょう。でも、見えないようにされているという話しです。

確かに、神様は見えなくて良かったと思います。
でも、見えないから「神はいない」という人も多く現れるし、私自身も神様がいるのかいないのか、ハッキリさせるのに何年も悩んでいました。

神様がいるというのなら見せてみろ! という人もいます。どうして見えないんだろうかと悩んでいました。努力すれば見えるようになるんだろうかと考えたこともありました。

人類始祖の堕落という事件がなければ、神様と会話していたのだから見えなくても問題なかったのでしょうけど、堕落の事件以降は直接会話が出来なくなりましたので、神様を発見することが難しくなりました。

私は統一教会の信仰をもって20年にもなりますが、今でも1日の殆どの時間は神様を忘れて生活しています。もちろん、親のことを忘れて生活するのは不自然では無いかもしれません。でも、人間も自然も神様が作られた訳ですから、それを見ながら生活しているのに、神様のことをすっかり忘れてしまうというのはなんとも情けないことだと感じています。

これが私の中にある罪というものなんでしょうね。

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posted by 理科系おじさん at 12:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神様ってどんな方だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

神様っていると思いますか?

神様っていると思いますか? なんて質問されたらどう答えるでしょう。
昔の私だったら、「いると思う人にはいるし、いないと思う人にはいない」なんて答えていたかも。

その程度の「軽〜い神様」もありかもしれませんが、ここは真面目に「宇宙を作った神はいるのでしょうか?」という質問にしてみます。

言い方を変えれば、「宇宙は計画的に作られたのかどうか」です。
信じる人には… では済まされない質問です。

20090623-5.jpg

「白か黒で答えろという難題を突きつけられ、
ぶち当たった壁の前で僕らはまた迷っている…」

というのはミスチルのGIFTって曲のフレーズですが(好きな歌です)、
「宇宙を作った神がいるかいないか」は信じるかどうかに関係ない客観的な事実を聞いているわけですから、答えはどちらか一方のはず。

神が作ったか、そうではないか。どちらかが正解で他方は不正解なのに、これを明確に答えられる人って見たことないですね。

人生観も世界観も変わる、ものすごく重要なことなのに。

私は小学生の頃から神を否定していましたが、統一教会の統一原理を研究してからは神様の存在を信じる人になりました。

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posted by 理科系おじさん at 00:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神様ってどんな方だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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