2009年06月27日

神様は見えなくて良かった

文鮮明先生の「天聖経」の中に神様は見えなくて良かったというはなしがあります。

「天宙の大主宰なる神様が人間の目に見えるようになれば、神様をお互いが奪い合おうとして、けんかをするでしょうか、しないでしょうか。このけんかを防ぐ道がないのです。神様が見えなくて良かったのです。
 もし神様が見えたとすれば、アメリカとソ連がお互いに、自分の神様だと争うでしょうか、争わないでしょうか。争うのです。その争いを誰が止められますか。神様は全知で、こんな争いが起こるかもしれないので、無形でいらっしゃるのです。神様が見えることを願うのは、ばかげた行為なのです。見えなくて良かったのです。」
(「真の神様」より)
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神様は全知全能だから、自分自身を見えるようにすることだって可能なのでしょう。でも、見えないようにされているという話しです。

確かに、神様は見えなくて良かったと思います。
でも、見えないから「神はいない」という人も多く現れるし、私自身も神様がいるのかいないのか、ハッキリさせるのに何年も悩んでいました。

神様がいるというのなら見せてみろ! という人もいます。どうして見えないんだろうかと悩んでいました。努力すれば見えるようになるんだろうかと考えたこともありました。

人類始祖の堕落という事件がなければ、神様と会話していたのだから見えなくても問題なかったのでしょうけど、堕落の事件以降は直接会話が出来なくなりましたので、神様を発見することが難しくなりました。

私は統一教会の信仰をもって20年にもなりますが、今でも1日の殆どの時間は神様を忘れて生活しています。もちろん、親のことを忘れて生活するのは不自然では無いかもしれません。でも、人間も自然も神様が作られた訳ですから、それを見ながら生活しているのに、神様のことをすっかり忘れてしまうというのはなんとも情けないことだと感じています。

これが私の中にある罪というものなんでしょうね。



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posted by 理科系おじさん at 12:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神様ってどんな方だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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