2010年02月04日

YouTubeに統一教会チャンネル

YouTubeに統一教会の公式チャンネルが出来ました。

いまは次の5本です。

●統一教会紹介ビデオ 「神様の真の愛を相続しよう」
●丹心 〜文鮮明師の真実〜
●文鮮明師 自叙伝
●踏みにじられた人権
●天国の扉

統一教会チャンネル
 http://www.youtube.com/ucjapanch

統一教会紹介ビデオ 「神様の真の愛を相続しよう」



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2009年12月19日

拉致被害者に人権は無いのか?

「後藤徹さんの事件、検察は不起訴処分に」

12年5ヶ月間もの間、親族等によって拉致監禁され、松永堡智(日本同盟基督教団新津福音キリスト教会牧師)及び、宮村峻らから脱会強要を受けた後藤徹さん(46歳)の事件で、後藤さんからの告訴に対し、東京地検担当検事は2009年12月9日、不起訴処分を下しました。

不起訴処分とは、検察が被疑者等を裁判所に訴えないという処分であり、この結果刑事裁判は開始されず、被疑者等は刑事処罰を免れることとなります。

http://www.uc-japan.org/news.aspx?id=530


これは一体どういうことなのでしょうか。


後藤さんは結婚を破壊され、31歳から44歳までの貴重な人生の一部分を奪われたのみならず、監禁中は宮村や元信者等から罵詈雑言の数々を浴びせられ、親族等から暴行・傷害を受けるという、重大な被害を被りました。
また、家族らは後藤さんに対して食事制裁を行ったため、後藤さんは栄養失調状態に陥り、2008年2月の解放時には緊急入院するほどでした。


このような犯罪行為に対し、後藤さんの入院先の医師が2008年2月に最寄りの巣鴨警察署に通報し、同年6月には、後藤さんは弁護士を通して荻窪警察署に告訴状を提出しました。ところがその後も警察の捜査はすぐには開始されず、同年9月に正式に告訴を受理したものの、警察は被疑者を誰1人として逮捕せず、また、強制捜査も行いませんでした。こうして、2009年2月には事件が荻窪警察署から東京地検に送致されたものの、一切の強制捜査も行われないまま、遂に今回の不起訴処分に至ったものです。

拉致監禁であるのに荻窪警察署は強制捜査も行わなかったし、東京地検も行わなかったとはどういう事なのか?

拉致被害者に人権は無いのでしょうか?
日本の司法はどうなっているのでしょうか。明らかに異常だとしか考えられません。

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2009年10月28日

我らの不快な隣人

「我らの不快な隣人
 − 統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇」
著者 米本和広
20091028-1.jpg

を読みました

統一協会からの強制改宗について、特に拉致監禁の方法を使った脱会屋の手口について、具体的な事例を多く挙げて書かれています。

この本は読み終わるのにかなり時間がかかりました。読んでいると辛くなってなかなか先に進むことができなかったからです。主に通勤電車の中で読んでいたのですが、読んでいるとあまりの残酷さで悲しくて涙が出てしまい、電車の中で泣くのは恥ずかしいから読み進められませんでした。

強制改宗で精神に深い傷を負った兄弟たちを思うといたたまれなくなります。

脱会屋の言うことを信じた親たちは、我が子に対して、人格までも否定する言葉を浴びせ続け、時には何日も食事を与えず、暴力をふるうことさえあるという。一部の父母がそうするのではなく、脱会屋のマニュアルがそのようになっているから、多くの父母が脱会屋のマニュアル通りに行動するらしい。

世の中で辛いことや孤独になっても、親が味方してくれると思えば勇気が出るものですが、両親と兄弟から、何日も何ヶ月も罵声の言葉を浴びせられr、満足な食事も与えてくれず、時には暴力をふるわれるというほど絶望的な事は無いでしょうね。

その精神的ショックのためPTSDになって、統一協会からは脱会しても、何年たっても精神不安定で社会復帰できないでいる人も少なくないそうです。
そういえば、私の大学で拉致監禁に遭って脱会した兄弟も、スポーツ万能のさわやかな学生でしたが、監禁から解放された後は、無精ひげを伸ばし笑顔もなく、声をかけても「しばらく一人で考えたい」というだけで覇気が無くなり、その後、大学も中退したと聞いています。両親も誰も信じられなくなっていたのでしょうか。

拉致監禁では、信仰を捨てるだけでなく、同時に親兄弟に対する憎しみを持つ人も少なくないそうです。
たしかに、拉致監禁による強制改宗を受けた人は、親兄弟が、自分を信じてくれず、対等な一人の人間として扱ってくれなかった恨みを持つことが多いだろうと感じます。

拉致監禁という残酷な方法が無くなることを切望します。


それから、著者の米本氏は、統一協会の教理や活動については決してよく思っている訳では無いようですが、そんな統一教会に対してでも、非人道的な拉致監禁に対して批判をされるところが、公平で正義感のある方だと感じます。

特に、(全面的では無く、一部ですが)統一教会を擁護する発言は非常に勇気の必要なことで、すばらしい方だと感じます。

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2009年09月14日

病者の祈り

今日の礼拝の説教題は「死は終わりではない」でした。
その中で紹介された詩にとても感銘を受けました。

「病者の祈り」

大事を成そうとして力を与えてほしいと神に求めたのに、
慎み深く従順であるようにと弱さを授かった。

より偉大なことができるようにと健康を求めたのに、
より良き事ができるようにと病弱を与えられた。

幸せになろうとして富を求めたのに、
賢明であるようにと貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに、
神の前にひざまずくようにと弱さを授かった。

人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに、
あらゆることを喜べるようにと生命を授かった。

求めたものは一つとして与えられなかったが、
願いはすべて聞き届けられた。

神の意にそわぬものであるにもかかわらず、
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた。

私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ。



私たちが望んでいることは「幸せになる事」ですけど、何が幸せか分からないから、自分なりに考えてお金持ちになれば幸せになれるとかって思うわけですけど、神様は「幸せになる事」という願いを実現させてくれるということですね。

私も時々はそう思うことがありますけど、常にそんな風に感謝出来るようになれたら素晴らしいし、そうなれるのなら、なりたいです。

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2009年09月09日

富士登山

8月の終わり頃に富士山に登りました。

実は昨年も登ったのですが、八合目くらいから雨になり、寒さに耐えながら頂上に着いた時には100m先も見えないほどの豪雨で、ご来光も景色も何も楽しめず、頂上では400円のココアを飲んで直ぐに下山しました。
そのリベンジをかけて再度の登頂でした。

今年は、天気予報では「曇りのち雨」で心配したのですが、低い雲だったため、地上では雨だったようですが、五合目から上は快晴でした。

20090908-1.JPG
ここが登り口

20090908-2.jpg
途中も快晴です。木もなく、近くに山もなく、ただただあるのは岩石。

20090908-3.jpg
美しい雲海を背にして記念写真(写真にはきれいに写りませんでしたが幻想的な感じで感動しました)

20090908-4.jpg
九合目から少し登ったあたりでご来光。夜中は曇っていたので心配していましたが、見事に晴れてくれました。

20090908-5.jpg
頂上についてお鉢巡り。右側が火口です。この坂の一番上にある建物(測候所)の場所が3776m地点

20090908-6.jpg
日本最高度地点で記念撮影。この撮影のためだけに40分も並びました。

頂上を歩いていると、小さな雲が目の前の測候所にぶつかる姿や、自分の頭の数十m上を雲が通過していくとか、地上では味わえない不思議な体験をしました。

昨年、下山して地元の風呂に入った時、「富士山は登らないバカと、二度登るバカがいる」と地元の人はよく言うそうです。
確かに、木も無く、草も殆どなく、あるのが石ばかりですから、虫も鳥も動物も見かけません。近くに美しい山もなく、ただひたすら、岩がゴロゴロしている道を黙々と登る感じです。

それでも、一番高いところに行ったという満足感と、空気も薄いため楽に登れるものでもありませんから、成し遂げたという達成感は爽快です。

とても恵まれた富士登山でした。


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